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2018.09.14

金沢城に行ってきました

金沢城は、前田利家が加賀一向宗の本拠地である金沢御坊の後に築きました。利家は、木下藤吉郎後の豊臣秀吉と若い頃から親しい間柄であったようです。織田信長による越前朝倉攻めのあと同国に配置された柴田勝家の与力(部下)として越前に配置され、その後の加賀一向宗攻めや越中の上杉氏領への侵攻などで働き、加賀の国に領地を得ました。本能寺の変で織田信長の死去後、秀吉と勝家の対立で起こった賎ヶ岳の合戦時も、利家は勝家陣営として参陣したのですが、秀吉側と戦をすることなく早々に撤退したため、勝家の敗北は決定的となりました。利家は秀吉から処罰されることもなく、その後に生じた徳川家康との対立では秀吉側につき、家康側についた隣国越中の佐々成政と対立では、秀吉側の戦略的勝利により、勝ち組となり越中までも領有する大大名となりました。一族の領地の合計が120万石程度もあり、金沢城もそれにふさわしい大きな城となりました。100万石の加賀藩の政庁となった二の丸は広大で周囲の石垣も立派です。

三の丸から見た二の丸五十間櫓

金沢城の石川門

二の丸御殿図面

 

金沢城及び兼六園の図面

 

2018.05.21

岩村城址に行ってきました。

 岩村城(いわむらじょう)は岐阜県恵那市にある中世の日本の城(山城跡)です。江戸時代は、岩村藩が置かれていました。付近は霧が多く発生するため、別名・霧ヶ城とも呼ばれました。
 鎌倉幕府の征夷大将軍源頼朝の重臣加藤景廉の長男遠山景朝が築き、その子孫の岩村遠山氏が戦国時代に至るまでこの地を治めた。
 戦国時代には、織田氏と武田氏の両国の境目に位置し、どちらに属するか揺れていたようです。
 江戸期には、大給松平氏が治め、明治期まで続いていました。城址には、立派な石垣が残っていますが、山城で城下町から本丸まで登っていくには一苦労です。現在の岩村町は、城下町の風情を残した街並みとなっています。

復元模型

案内図

埋門

城内主郭への石段

城下町

2018.05.17

苗木城址に行ってきました

苗木城復元写真苗木城は、岐阜県中津川市にある城跡です。中山道の近くにあり、今年のNHK朝ドラの舞台となっている地域です。馬籠宿、妻籠宿の比較的近くです。この城は、苗木遠山氏1500石の領地で、城持ちの大名としては、最小の石高です。小さい山城ながら、石垣を贅沢に用いています。この地域は、岩山が多いのでしょうか、石垣の一部として天然の岩が利用されています。この藩は、明治の廃藩置県至るまで存続し、城の建築物もそこまで存在していました。城の別名は赤壁城とよばれ、これは、城も塀が白漆喰でなく赤い土壁の色であったからとのことです。赤壁の理由は、藩の財政が厳しく、白漆喰をつかえなかったからと伝わっています。

天守台の石垣と自然石

 

 

2017.05.23

安土城址に行ってきました。

安土城は、1576年に天下統一が見えてきた織田信長が、琵琶湖の東岸に築城した城です。
安土山という小高い丘に気づかれた平山城で、石垣がふんだんに用いられています。
現在、皆様が観光で見る城の多くは石垣と天守閣がありますが、この原形を作ったもが織田信長です。戦国を生き残った大名は、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の家来となったわけで、築城に関しては少なからずこの城が手本となっています。壮大な天守閣が初めて建てられたのも安土城が最初といってよいと思います。現在、城跡は発掘整備が進み、見事な石垣を見ることができますが、建造物は築城後わずか6年で焼失してしまいました。このため、5層7階と伝えられている天守閣の姿は正確にわかっていません。天守閣の図面と思われるものが発見されており、 推定復元図が、研究者により発表されています。その1つが、城跡近くの安土駅前に展示されています(写真)。見事に組まれた石垣は、穴太衆と呼ばれる石垣の技術者集団によりくまれたと考えれています。

 

2016.12.19

小田原城の総構えを見てきました

10月末に小田原城の総構えを見てきました。「総構え」いかなるものかご存じで無い方が多いと思います。城の総構えとは、城の周囲にある城下町や集落といった住民のすむエリア(町)を囲むように作られた堀です。したがって、総構えの規模は大きく、どの城にもあるものではありません。こうした構造物を持った城は、大大名の本拠地の城だけです。総構えがある城を例として挙げると、江戸城、大坂城、名古屋城、姫路城などです。総構えのある城は、籠城するのに有利で、大坂冬の陣でも総構えのあった大坂城を徳川家康は攻め落とすことができず。一度、和議を結び、総構え、三の丸、二の丸の堀を埋めたのち、夏の陣を起こし、落城させた話は有名と思います。小田原城の総構えも、豊臣秀吉の小田原攻めに備え作られました。そして、小田原攻めでは、城は落城したというより、開城(降伏)したというのが現実です。現在も、残る総構えですが、石垣はなく地面を掘って水のない空堀とし、その土で土手すなわち土塁を作ったといった感じです。簡単そうですが、実際は、堀は深く、攻めるのが容易ではないことがわかります。写真をみて深さを感じていただければと思います。

2016.06.03

震災前の熊本城

熊本の大地震により、熊本城にも石垣の崩落など大変な損害が生じています。
熊本城は扇の勾配といわれる独特な石積が特徴です。また、城の建造物も明治初期の西南戦争による火災の時まで天守閣をはじめ、かなりの建物が残っており、焼失前の記録をもとに、近年、本丸御殿の一部が再建されています。御殿内には、「昭君の間」という豪華な1室があり、1説では、加藤清正が豊臣秀頼公を迎えるため、御座の間として作ったとの言い伝えもあります。本丸御殿は、このほかにも再建計画があったようですが、今回の震災で、石垣や屋根瓦の滑落などの被害が強く、まず原状復帰をさせることが先決となります。再建本丸御殿にも行ってきたのですが、なぜか写真がありませんでした。ご興味のおありになる方は、ネット検索してみてください。震災地域の復興をお祈りいたします。

2016.05.24

川越城に行ってきました。

川越城は、埼玉県川越市にあり、電車では、JR川越駅または、西武新宿線本川越駅から、バスで15分程度、徒歩では30分程度のところにあります。城は室町時代の1457年頃扇ガ谷上杉氏と古河公方(足利氏)の勢力争いが生じていた武蔵国で、拠点として上杉氏が家宰の太田道灌に築城を命じたと言われています。ちなみに江戸城も同じ頃、太田道灌により築城されています。
この城の特筆すべき点は、1848年と比較的近世建築であるものの、本丸御殿が現存していることです。本丸御殿が現存しているのは、この城の他は高知城しかありません。御殿を見学して感じたことは、将軍家の城である二条城の二の丸御殿と比べると大変質素で昭和期の小学校の木造校舎といった感じです。
この城の近くには喜多院という寺がありますが、ここには、江戸城の御殿を移築したと言われる書院があり、徳川家光誕生の間と言われる部屋があります。

2016.01.04

江戸東京博物館に行ってきました

江戸東京博物館は、JR両国駅から徒歩数分のところで両国国技館の隣にあります。館内には、江戸時代から現代に至るまでの東京の街並や庶民の暮らしの様子が展示されています。江戸城の本丸、二の丸御殿の模型が展示してあり、城ファンにも楽しめるところです。
だだし、江戸城本丸は城としては広大すぎて、城というより官庁街といった感じです。写真の本丸内に高くそびえ立っている天守閣は、1650頃の明暦の大火で消失して以来、再建されていません。また、忠臣蔵で有名な浅野内匠頭による吉良上野介への刃傷事件が起きた松の大廊下の模型も展示されています。
また、江戸庶民の暮らしを実感できる長屋の模型や屋台の模型も楽しめます。

江戸城本丸

本丸内、松の大廊下

江戸市中の寺子屋

寿司の屋台

2015.09.24

国宝松本城に行ってきました。

末梢神経学会の開催地の松本には国宝の松本城があり、合間に城見物をしてきました。
松本城には現在12しか残存していない天守閣の1つがあり、五層六階という規模は姫路城に次ぐ大きなものです。
1593年(文禄2年)~1594年(文禄3)に築城 。1871年(明治4年)に廃城
天守建造年:大天守は1615年(慶長20年)。乾小天守は1591年(天正19年) – 1592年(文禄元年)建造という説があります。

松本城天守閣松本城天守閣

松本城案内図松本城案内図

2015.05.12

掛川城に行ってきました

掛川城は、東海道新幹線の掛川駅から徒歩7分の所にあり、新幹線の車内から見ることができます。城は高い丘の上にある「平山城:ひらやましろ」という形態に分類される城です。天守閣は、平成6年に木造で再建された天守閣です。この城には江戸期末に作られた二の丸御殿があります。日本全国で、残存している御殿は、二条城(京都)の二の丸御殿、高知城(高知県)の本丸御殿、埼玉県川越の喜多院(江戸城本丸御殿を移築)、川越城本丸御殿を含め5つで、かなり貴重なものです。
歴史的に特筆すべきことは、関ケ原の合戦の直前にこの城の城主であった山内一豊が下野の小山の陣から石田方と対決するため東海道を西上した徳川軍に城内の兵糧を含め城を徳川軍に提供したことです。合戦の後、この功績を認められた掛川5万石余の山内一豊は徳川家康から土佐1国24万石を賜ることとなりました。いわゆる出世城です。

掛川城の再建天守閣掛川城の再建天守閣

二の丸御殿からの天守閣の眺め二の丸御殿からの天守閣の眺め

本丸からの二の丸御殿の眺め本丸からの二の丸御殿の眺め

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