疾患について

2015.12.07

人工透析と手根管症候群

人工透析を長年受けているとアミロイドという物質が骨・関節に沈着します。手根管という手の付け根にアミロイドがたまることにより手根管症候群が生じることが知られています。透析に伴う手根管症候群は、手術後もアミロイドの沈着により数年後に再発することもあります。再発例でも手根管開放術は有効であると考えられています。当院でも透析で再発した手根管症候群で手術を行っていますが、2度目以降であってもしびれは改善しています。

2015.10.05

四十肩五十肩に対する肩関節授動術について

当院開院からの肩関節授動術の件数が100を超え117となりました。過去2年間の合計が109で年50です。肩関節授動術はいわゆる四十肩五十肩で医学的にいう拘縮肩の治療です。四十肩五十肩の症状は頑固な痛みとともに肩関節が動きにくくなることです。種々の原因で関節を包んでいる関節包という袋の容積が小さくなり関節が動きにくくなっています。基本はリハビリにより肩の動きを改善させることですが、関節の袋がかなり小さくなると改善しません。小さくなる原因としては、関節包という袋の内面を覆っている滑膜という絨毯(じゅうたん)の様なものが互いに絡まり内面が小さくなることです。授動術によりこの滑膜の絡まりを引きはがします。全身麻酔をかけ、メスで切り離す方法もありますが、局所麻酔を行い、徒手的(手の力)ではがすことも多くは可能で外来診療中に行えます。当院ではこの方法を行っています。

2015.09.24

国宝松本城に行ってきました。

末梢神経学会の開催地の松本には国宝の松本城があり、合間に城見物をしてきました。
松本城には現在12しか残存していない天守閣の1つがあり、五層六階という規模は姫路城に次ぐ大きなものです。
1593年(文禄2年)~1594年(文禄3)に築城 。1871年(明治4年)に廃城
天守建造年:大天守は1615年(慶長20年)。乾小天守は1591年(天正19年) – 1592年(文禄元年)建造という説があります。

松本城天守閣松本城天守閣

松本城案内図松本城案内図

2015.09.23

学術集会で発表しました

長野県の松本で行われた末梢神経学会学術集会に参加いたしました。
当院で、手根管症候群の手術前後に行っている神経伝導速度検査のデータをまとめ発表いたしました。開業前に学会発表を行ってから
4年ぶりの発表です。大学病院や基幹病院の様な研究発表はできませんが、治療の改善のため、学会で研究発表を行いたいと考えています。

2015.08.18

鏡視下手根菅開放術が200例を超えました。

当院が開院し2年4か月、手根管症候群に対する鏡視下手根管開放術を開始しほぼ2年が過ぎました。透析中の患者様も含め多数の患者様に受診いただき、200件の手根管症候群の手術を行いました。過去のデータを分析しよりよい治療につながるようにしたいと考えております。

2015.07.10

拘縮肩(いわゆる四十肩、五十肩)について

当院では、拘縮肩に対して肩関節授動術を行ってきました。
拘縮肩とは、種々の原因で肩関節を包んでいる袋のような関節包が縮まってしまい、
腕が上がらなくなったり、後ろに回らなくなってしまうものです。理学療法士などの訓練士
によるリハビリで動きが改善することも多いのですが、こうしたリハビリでも動きが改善しない場合や、腕が水平方向まで持ち上がらないといった極度の運動制限がある場合、徒手授動術が有効となります。
当院での授動術の件数はこのほど100件を超えました。術時には多少の痛みを伴いますが、器械で温めるといった治療に比べ格段の効果が得られます。いわゆる四十肩、五十肩でお困りの方にはご受診いただければと考えています。

2015.06.19

整形外科疾患と漢方薬

整形外科の疾患では、いわゆる西洋薬が効かず漢方薬で効果が得られる疾患があります。また、西洋薬とともに用いてより一層の効果を示すものもあります。
当院では治療にしばしば漢方薬を用いております。漢方薬のお話をしてみたいと思います。なお、漢方薬は、製薬会社で調合されて、適応症(適応症状)が登録されているものについては、保険適応となっています。当院で処方する漢方は保険のきくものです。
漢方薬は上記の通り生薬(通常は草木)調合してエキスを抽出し粉末の薬としています。整形外科領域(整形外科医)の間で一番知られているものは、芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)であると思います。この薬は、足がつったとき(こむら返り)に著効を示します。甘草の名の通り甘みがあり飲みやすい薬です。副作用として、むくみ、血圧低下、筋力低下、しびれなどがあります。偽アルドステロン症といって、血中のナトリウム値、カリウム値が変化することから生じます。長期にわたり飲み続けている場合は注意が必要です。

2015.05.12

掛川城に行ってきました

掛川城は、東海道新幹線の掛川駅から徒歩7分の所にあり、新幹線の車内から見ることができます。城は高い丘の上にある「平山城:ひらやましろ」という形態に分類される城です。天守閣は、平成6年に木造で再建された天守閣です。この城には江戸期末に作られた二の丸御殿があります。日本全国で、残存している御殿は、二条城(京都)の二の丸御殿、高知城(高知県)の本丸御殿、埼玉県川越の喜多院(江戸城本丸御殿を移築)、川越城本丸御殿を含め5つで、かなり貴重なものです。
歴史的に特筆すべきことは、関ケ原の合戦の直前にこの城の城主であった山内一豊が下野の小山の陣から石田方と対決するため東海道を西上した徳川軍に城内の兵糧を含め城を徳川軍に提供したことです。合戦の後、この功績を認められた掛川5万石余の山内一豊は徳川家康から土佐1国24万石を賜ることとなりました。いわゆる出世城です。

掛川城の再建天守閣掛川城の再建天守閣

二の丸御殿からの天守閣の眺め二の丸御殿からの天守閣の眺め

本丸からの二の丸御殿の眺め本丸からの二の丸御殿の眺め

2015.05.12

小田原城に行ってきました。

小田原城は、北条氏5代の城として知られています。城は、北条早雲(伊勢新九郎長氏)が
大森氏の居城であったものを計略により奪い取ったものです。その後城は拡張され、豊臣秀吉による小田原攻めの際には日本屈指の大城郭となりました。現在みられる石垣づくりの城は、徳川家の家臣(譜代大名)が修築したものです。北条氏時代の本丸(城の中心)は現在の場所よりは北側となっています。北条氏時代の総構(城のもっとも外側の堀)は徳川氏時代には、取り壊されていますが、一部は現在でもみることができます。上杉謙信、武田信玄に取り囲まれても落城しなかった名城です。
場所は小田原駅から徒歩10分程度で、天守閣は新幹線のホームからでも見えると思います。

2015.04.17

昨年の手根管症候群の手術件数

昨年の手術件数をお知らせいたしましたが、手根管症候群に対する鏡視下手根管開放術は、87件ではなく103件でした。訂正いたします。

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