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2016.09.24

3か月ぶりの投稿

約3か月振りに投稿いたします。わたくしは元来筆まめでありませんので、どうも日記類を書くことから腰が引けてしまいます。
振り返ると小学校のころ、クラス内で4人で1グループを組まされ、4日に1度グループ日記を書かされたことを思い出してしまいます。
わたくしはこれが苦手でたった数行ですら何をどう書いてよいのかわかりませんでした。当番の日になるとほとんど真っ白なノートを前に時計の針が夜11時を回り、つらかったことを思い出します。

2016.06.03

震災前の熊本城

熊本の大地震により、熊本城にも石垣の崩落など大変な損害が生じています。
熊本城は扇の勾配といわれる独特な石積が特徴です。また、城の建造物も明治初期の西南戦争による火災の時まで天守閣をはじめ、かなりの建物が残っており、焼失前の記録をもとに、近年、本丸御殿の一部が再建されています。御殿内には、「昭君の間」という豪華な1室があり、1説では、加藤清正が豊臣秀頼公を迎えるため、御座の間として作ったとの言い伝えもあります。本丸御殿は、このほかにも再建計画があったようですが、今回の震災で、石垣や屋根瓦の滑落などの被害が強く、まず原状復帰をさせることが先決となります。再建本丸御殿にも行ってきたのですが、なぜか写真がありませんでした。ご興味のおありになる方は、ネット検索してみてください。震災地域の復興をお祈りいたします。

2016.05.24

川越城に行ってきました。

川越城は、埼玉県川越市にあり、電車では、JR川越駅または、西武新宿線本川越駅から、バスで15分程度、徒歩では30分程度のところにあります。城は室町時代の1457年頃扇ガ谷上杉氏と古河公方(足利氏)の勢力争いが生じていた武蔵国で、拠点として上杉氏が家宰の太田道灌に築城を命じたと言われています。ちなみに江戸城も同じ頃、太田道灌により築城されています。
この城の特筆すべき点は、1848年と比較的近世建築であるものの、本丸御殿が現存していることです。本丸御殿が現存しているのは、この城の他は高知城しかありません。御殿を見学して感じたことは、将軍家の城である二条城の二の丸御殿と比べると大変質素で昭和期の小学校の木造校舎といった感じです。
この城の近くには喜多院という寺がありますが、ここには、江戸城の御殿を移築したと言われる書院があり、徳川家光誕生の間と言われる部屋があります。

2016.03.01

進行した手根管症候群について

手根管症候群が進行すると、しびれに加えて、親指の付け根の筋肉が、しぼんでいきます。その結果、ボタンはめ、その他のつまみ動作が、困難となります。神経伝導速度検査では、正中神経の運動神経末梢潜時が測定困難となります。筋肉の萎縮(しぼむこと)が進むと、手根管開放術という手術の後も筋力の回復は困難となります。したがって、手根管症候群による筋萎縮が生じた場合は、手術を早く行った方がよいということになります。筋肉の萎縮が進んだ後も、手術によりしびれは改善します。
当院で正中神経の末梢潜時が測定困難な状態で手術を行った例では、術後2カ月の検査で、約30%で潜時が測定可能となっており、6カ月までには約45%が測定可能となっていました。潜時の測定が可能となったということは、筋肉が電気刺激で動き出したということになりますので、ボタンはめ、その他のつまみ動作の機能も改善が見込まれます。

2016.01.29

昨年(2015年)の手術件数

昨年度の鏡視下手根管開放術な件数は120件でした。腱鞘切開術は、38件でした。
両方(鏡視下手根管開放術と腱鞘切開術)の手術を同時の行った人は11人でした。
昨年は、末梢神経学会で鏡視下手根管開放術後の集積データに発表を行いました。今年も、
調査を継続し、手術治療の改善に役立てたいと考えています。

2016.01.29

四十肩・五十肩の治療

四十肩・五十肩は、肩の痛みの原因としてよく語られていますが、これは医学用語、医療用語ではありません。また、医師以外の方が四十肩・五十肩という場合のどのような状態のことを指して言っているかあいまいなことが多いようです。医学的には、有痛性肩関節制動症または拘縮肩といった疾患名で呼ばれています。この疾患は、種々の原因により肩関節を包んでいる袋である関節包というものが、小さくなり結果として関節の動きが制限されるものです。
関節の動きが制限された状態を拘縮といいます。拘縮は、初期の状態であれば、リハビリテーションにより改善します。時間がたつと関節の内側がくっついて小さくなり、関節の動きが悪くなります。このため、関節包が小さくなった状態では、くっついた関節の内面をはがす必要があります。これには、手術をして切ってはがす方法と医師が手を使って引きはがす方法があります。前者を観血的関節授動術といい、後者を非観血的関節授動術といいます。
当院では拘縮肩に対して非観血的関節授動術を行っております。高度の拘縮肩も場合は、まず授動術を行った後にリハビリテーションを行うと、より良好な関節可動域が得られます。

2016.01.04

江戸東京博物館に行ってきました

江戸東京博物館は、JR両国駅から徒歩数分のところで両国国技館の隣にあります。館内には、江戸時代から現代に至るまでの東京の街並や庶民の暮らしの様子が展示されています。江戸城の本丸、二の丸御殿の模型が展示してあり、城ファンにも楽しめるところです。
だだし、江戸城本丸は城としては広大すぎて、城というより官庁街といった感じです。写真の本丸内に高くそびえ立っている天守閣は、1650頃の明暦の大火で消失して以来、再建されていません。また、忠臣蔵で有名な浅野内匠頭による吉良上野介への刃傷事件が起きた松の大廊下の模型も展示されています。
また、江戸庶民の暮らしを実感できる長屋の模型や屋台の模型も楽しめます。

江戸城本丸

本丸内、松の大廊下

江戸市中の寺子屋

寿司の屋台

2015.12.07

人工透析と手根管症候群

人工透析を長年受けているとアミロイドという物質が骨・関節に沈着します。手根管という手の付け根にアミロイドがたまることにより手根管症候群が生じることが知られています。透析に伴う手根管症候群は、手術後もアミロイドの沈着により数年後に再発することもあります。再発例でも手根管開放術は有効であると考えられています。当院でも透析で再発した手根管症候群で手術を行っていますが、2度目以降であってもしびれは改善しています。

2015.10.05

四十肩五十肩に対する肩関節授動術について

当院開院からの肩関節授動術の件数が100を超え117となりました。過去2年間の合計が109で年50です。肩関節授動術はいわゆる四十肩五十肩で医学的にいう拘縮肩の治療です。四十肩五十肩の症状は頑固な痛みとともに肩関節が動きにくくなることです。種々の原因で関節を包んでいる関節包という袋の容積が小さくなり関節が動きにくくなっています。基本はリハビリにより肩の動きを改善させることですが、関節の袋がかなり小さくなると改善しません。小さくなる原因としては、関節包という袋の内面を覆っている滑膜という絨毯(じゅうたん)の様なものが互いに絡まり内面が小さくなることです。授動術によりこの滑膜の絡まりを引きはがします。全身麻酔をかけ、メスで切り離す方法もありますが、局所麻酔を行い、徒手的(手の力)ではがすことも多くは可能で外来診療中に行えます。当院ではこの方法を行っています。

2015.09.24

国宝松本城に行ってきました。

末梢神経学会の開催地の松本には国宝の松本城があり、合間に城見物をしてきました。
松本城には現在12しか残存していない天守閣の1つがあり、五層六階という規模は姫路城に次ぐ大きなものです。
1593年(文禄2年)~1594年(文禄3)に築城 。1871年(明治4年)に廃城
天守建造年:大天守は1615年(慶長20年)。乾小天守は1591年(天正19年) – 1592年(文禄元年)建造という説があります。

松本城天守閣松本城天守閣

松本城案内図松本城案内図

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